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2010年08月25日

会話力のプレゼンテーション、まず・・ 2001年08月15日

Kumiko’s sharing paper 

『会話力のプレゼンテーション、まず第一に声音』
2001年08月15日


昨日、母から田ぐり庵にTELがありました。

私が母に“茄子のからし酢和え”の作り方をきいていた(AKO702のメニューでした)からなのですが、TelをとったK子が、「うわぁ、お母さん、気丈な人やねー」とたった一言、「熊本の関原です」の声をきいていったのです。

私にとっては、お母さん以外にお母さんを知りませんから、当たり前と思っていたのですが、いざ親離れしてみると、お母さんが“絶対人にバカにされんぞー”ときばって生きているのがよくわかります。

いつも、ギチッと構えているという感じです。

笑えるのは、それが私そのものだったということです。

“来るなら来い”とかまえる余り、“だまって人を切る”刃物のような私だったんだなぁ・・・とうなづけます。

進化前の古代人をみているような気分でお母さんをながめています。

しかし、母の貢献から“声”の大切さにあらためてコーチを受けました。

会話力の第一ポイント。

①明るい声ですね。

私たちは、人類は会話エネルギーが服着て歩いていることを知っていますから、声一つで相手を見透すことができます。

私たちが、会話をする相手は、理くつはわからなくても声一つで、“ああこの人いいな”“素敵だな”“元気だな”とエネルギーをキャッチします。

営業の会話をする時、スタッフと会話をするとき、業者と会話をする時、いつでもどこでも、自分のいつもの自動反応装置のような声音で話すか、自分の意図する結果のデザインからの声音をドライブするかで、達成が決まります。

私は、片意地はった声でしたから、リラックスした、やわらかな、親しみのわく声音で会話をしていきます。

自分の発する一声であっても、愛に満ちた神様としての自覚をもとに大切にしていこうね!  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00Comments(0)2001年ライトメッセージ

2010年08月18日

会話力と性行為との関係 2001年08月14日

Kumiko’s sharing paper 

『会話力と性行為との関係』
2001年08月14日


私たち人間と猿との違いは会話力だといいます。

遺伝子的には99%全く同じで、1%の違いだそうです。

この1%の違いが無限の可能を開いているわけです。

人間と猿との外見的な違いも会話力に直結するということになります。

わかりやすい例でいえば、人間の脳は霊長類最大のものです。

脳は会話力の中枢コンピューターですからうなずけます。

私が新発見したのは、人間の性器も、また、あらゆる現存霊長類最大のものであるということです。
ということは、会話力の発達とセックスが密接な関係にあるということです。

驚くなかれ、人と猿との微妙な外見の違いは、実はセックスのための進化なのです。

例えば、無毛であること、これは接触の感覚を上げ、より会館を味わえます。

例えば、唇が突出して赤色であること(猿の唇はほとんどない)、セックスアピールをし、キスをしやすくします。

耳たぶにいたっては、性感帯であるためだけに発達したもののようです(動物学者、デズモンド・モリス著「裸のサル」より)。

我々の体のシステムを知れば知るほど、セックスを重要視していることがわかるのです。

何故でしょうか?

何故、生殖機能の無い時期であろうが、どんな年齢であろうが、セックスするように発達したのか?

それは、「あなたは私、我々だ」の感動や喜びを常に味わうために、人間が発明した知恵だと思うのです。

よく、夫婦関係が人間関係の原点だといいます。

いっしょに人生を生きていくパートナーと本当の人間関係をつくれなかったら、誰とも深遠な関係などつくり得ないでしょう。

もちろん、子供を育てるために、つがいである必要があるという動物的・環境的要因もあるとは思います。

しかし、人間だけが持つ会話力と、人間だけが持つセックスには、深い関係がありそうです。
セックスの可能をマスターすることが、会話力をさらにパワーアップすることにつながっているのかもしれませんよ!
  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00Comments(0)2001年ライトメッセージ

2010年08月11日

書いてはじめて、真理が自分の言葉 2001年08月13日

Kumiko’s sharing paper 

『書いてはじめて、真理が自分の言葉そのものとなる』
2001年08月13日


私たち人間はゲンキンなもので、他人の話を聞きたいようにしか聞かないとよく言います。

以前、リーダーがプログラム参加者や説明会ゲストに“どんなに真理の会話・愛のエネルギーを浴びせかけても、聞こえる時にしか聞こえない”と言っていたのを思い出しました。

自分がメッセージを書いたり、みんなのメッセージを読んで感じるのは、Message(真理)を未知の人類に向かって発信した時、つまりライトメッセージとして存在させた時、はじめて、その言葉が知っている、わかっているレベルから、自分の言葉、つまり自分自身が生きている会話にシフトするということです。

自分の書いた真理誰よりも注意深く聞いているのは自分だし、人類(なかま)に向かって宣言したという責任感も出てくると思います。

私たちが、この狂える現代社会革命するには、強じんな意図と燃えたぎる人類(なかま)への大情熱が必要です。

その意図と情熱を創り蓄えてくれるものが、ライトメッセージだと思うのです。

真理証明プロジェクト“田ぐり庵”もいよいよお弁当屋を卒業する時期にきています。

我々、田ぐりっ子が会話科学者、教育者として、外部に田ぐり庵エデュケーション、エピソード7を売っていく時代に入るのです。

現場での作業とは、いよいよ、おさらばです。

自分の会話エネルギーが商品となるのです。

ライトメッセージ、メッセージライフ、セルフメッセージが仕事のようなものです。

ライトメッセージで、どんどん自分を磨きましょう!  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00Comments(0)2001年ライトメッセージ

2010年08月04日

資本主義社会の人々・・・・・ 2001年08月12日

Kumiko’s sharing paper 

『資本主義社会の人々、社会主義社会の人々、会話主義社会の人々』
2001年08月12日


私たちは、よく国が違うと文化が違うとかいう言葉を使います。

文化とはある一塊の人類集団が、その環境とともに、特色ある他集団とは区別されるような会話エネルギーが発展されたものを指すのだと思います。

同じように、一つの国の政治経済体制が、その国のベースの会話エネルギーを作り上げ、そこで、生まれ育つ人々の会話体のベースとなります。

国の経済体制によって、現代の地球では、大きく資本主義国と社会主義国とに分けられると思いますが、それぞれの人々にそれぞれの特徴があることを感じるのです。

私は、アメリカにいましたから、アメリカ人は資本主義社会人として、接するチャンスは多かったのですが、資本主義という言葉が示すように、金絶対となります。

実力さえあれば、誰でも金持ちになれると、一見、自由で平等のようなイメージは受けますが、金儲けに命がけ、要は自分がお金持ちになればいいのです。

親子の関係もクールなものです。
人は人、自分は自分が徹底しています。
エゴイストの集団といえるでしょう。

社会主義社会人として、中国人とは田ぐりのバイトを通して接するチャンスがあります。
一番強く受ける印象は生気がないことです。

自分のものなどない、全て国のもの、それが自由さを現すのでなく、深いあきらめと、恨み、つらみの怒りのエネルギー、重々しいエネルギーを現しているようです。
権力絶対ということになるようです。

いかに人をだますか、自分の居場所を確保するかに命がけという感じです。

どちらにしろ、金にものをいわせるか、権力にものをいわせるかで、人にものを言わせないのです。

今、私たちが築き上げる社会は、何でも会話で解決する、会話力を持つ人間全てが平等に仲良く生きる社会です。

会話主義社会を一刻も早くつくりましょう。
  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00Comments(0)2001年ライトメッセージ